神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

三冊の神書

1.『天使の声』

大谷先生の霊界見聞は大正10年3月3日からはじまり、以後36年間その都度大学ノート25冊に記録保存してこられましたが、神のお許しになる範囲のみを昭和32年に『天使の声』として公開されました。

『天使の声』とは「神の声」です。

神霊の実在と人間死後の世界(霊界)の有様を明らかにし、もって世人に霊的知識を普及せんとの切なる願いが込められています。

要は、「各人の心の持ち方次第で不幸にも幸福にもなれる。」ということですが、それを真に理解し、実行してる人は非常に少ないのだそうです。

本書に述べられている事が理解されて来ると、人生が楽しくて仕方がなくなると伺っております。

また、先生は指導の天使から、これ(霊界見聞)をもって宗教組織や宗教団体を作るなどといったことは厳に戒められておられます。

「なによりも宗教と教育の刷新こそが急務である」と仰っておられました。

 

2.『凡庸の道』

ある日、神様が大谷先生に、「それを見れば別に何処に行かなくても、信仰の目的を達成出来るように、今までお前に教えたことを出すがよい」と仰ったので『凡庸の道』を出版したと伺いました。

『天使の声』が神の大乗的教えとするならば、『凡庸の道』は小乗的な教えです。

道を求めるものにとってはまさに天授の甘露とも言うべき貴重な教えの書です。

 

3.『続凡庸の道』

本書について大谷先生は、

「『天使の声』が霊界の探求記ならば、『凡庸の道』は信仰の栞である。少しでもまことの神様の教えの奥義に触れてもらえるように、『続凡庸の道』を書いた」と仰っておられました。

 

なお、三冊の神書は一般書店では入手出来ません。

拝読希望の方は、大津市音羽台の「ことしろ舎」へお問い合わせ下さい。

 

 

 

神籬(ひもろぎ)・岩境(いわさか)

「ひもろぎ」「いわさか」とは、それぞれ神霊を招請し鎮める申請な依代(よりしろ)です。

「神籬」は、神霊が降臨する木、依代となる木のことです。

「岩境」は、山や丘陸等の清浄な土地に岩石を選び、しめ縄をはり、それを祭壇やお屋代の代わりとしていたのです。

神主に依って招神された神霊はその「神籬」を根拠として、祓い清められるのです。

その祭典に招神される神霊の内容は、招神する神主の心の浄化の程度、人格に相応した神霊が来られることになっています。

そして、お帰りいただく昇神をするわけですが、そのあとは、「神籬」は単なる神具になっています。

人間の内面たる精霊は、神霊と同じく霊的共通点を持っていますので、神霊が必要をおぼしめす時は、人間の精霊を通じて、心の中に降臨されることも出来るようになっています。

人間の肉体にも「神籬」「岩境」と同じような機能がそなわっています。自己の身魂を神霊の「ひもろぎ」として尊い人生を作りたいものです。

 

国土之神(こくどのかみ)2

宇宙意志(天意)とい地上の楽園化も、一柱の天使のみにて伝えられているものではありません。

一柱の天使はユダヤの国にキリストとして出現され、その民族性を土台とした神の教えを開かれ、

一柱の天使はアラブの国にマホメットとして出現され、その民族性を土台とした神の教えを開かれ、

一柱の天使はインドの国に釈迦として出現され、その民族性を土台とした仏の教えを開かれ、

一柱の天使は中国の国に孔子として出現され、、四書五経の教えを開かれる。

同じ天意を帯した天使であっても、その民族の霊的個性に最もふさわしい教えを持って道を説かれています。

その国土住民の霊魂が最も合理的に救われやすいように、解りやすく、馴染みやすく計られているのです。

国土之神(こくどのかみ)1

国土之神様とは、我が国を例えれば、日本的言語、習慣、風俗、等すべて日本人らしい心の働きを元に、民族的土壌を基礎として成りました。我々日本人の先祖神のことであります。

他の国にも同様に国土神がおられます。

勢力の大きい宗教が、それぞれ布教師・宣教師を他民族に送り込み、その民族の救済という名目で必死の努力をしています。

霊的見地から見ますと、宗教家が別に色々と画策しなくても、それぞれの民族には、その民族に相応した神がすでにお守りになっているのですから、親切の押し売りのような形になっています。

 

己の尊さに目覚めよ 2

 「一生の大損」という言葉がありますが、私達は変な宗教にだまされて、あたら貴重な時間とお金を捧げ尽くすばかりか、身も心も穢されてボロボロにされる。・・・などといったことのないように、誰でも慎重な態度こそ求められます。

学校なら卒業がありますが、宗教の世界は一端入り込んでしまうと、永遠に卒業の無い、つまり出口の見えない袋小路に入ってしまうのです。

初穂料やお布施を出さないと助けてくれない神仏は、果たして本物の神や仏なのでしょうか。

どうか、どなたもご自分を大事に、大切になさってください。

今の世は「危ない」と感じた時はためらわず直ぐに「逃げる」ことが肝要です。

己の尊さに目覚めよ 1

各人に与えられた職務に邁進しながら、日々の心の持ち方を正し、「これはいけなかった」と気付いたことから少しずつ改め直していけば、何らかの宗教教団などに入る必要はありません。

自分の心を磨き清め、己れの身魂の癖を直していく事は、教団等に入らずとも一人で出来ます。

誰でもその気さえあれば、家の中に居ても仕事中でも、どこにいても十分に出来る事なのです。

他人の言うことや色んな組織・団体の立てた教えを何の疑いもなく信じ込むことは、とても危険な事です。自分の魂を悪魔に売り渡す行為に等しいのです。

人間は、生まれ乍らに産霊神(むすひのかみ)の分け魂を戴いているのであり、この魂(神)は他のどんな教団に祀られている神や仏よりも尊いことを知って頂きたいものです。

それほど、あなたは尊くて、この世に掛け替えのない存在なのです。

 

霊的信仰

信仰にも色々のパターン・種類が見られ一様ではありません。

信仰に対する神仏の霊徳の高低。教えの内容に霊的内容の有るか否か等。

・人間は肉体だけにては生命というものはなく、その肉体に霊魂が宿っておればこそ人としての働きが出来ます。

・人間は霊魂に支配されていることを理解されて来ると、人生に対してもこれに眼を付けて修養するかしないかによって、人間の価値を定める大切な問題となっている。

・人間の霊魂は神様より授けられている。

以上のことから、信仰は人生にとって大切なことであると思われます。

お金や物の獲得、病気直しや栄達のみに片寄った信仰が多く見られます。

これらのことは、人生には必要ことですが、一番大切なことは「魂」の向上では。

教団、教会、神社、寺院等の経営維持に重点を置かれた教えを見ていますと、一つの職業としか思われず、宗教家として本来の目的を忘れられているのではないでしょうか。