神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

神様 15

・素盞嗚男之命様は、主神に代わって地上を治めるべく神定められている。これを実行される為に素神は全国を廻られてのであるが、そのお力の程が大変お強いので、素神が訪ねられて国々の人達は、怖がられ逃げてしまわれるので、一つも御用が出来なかった。

・すべてがこういう風だったので、素神は反省の為に母なる国にお帰りになって、それ迄の償いをされたのである。これをよく辛抱されているのをご覧になった天の大神様は、素神に地上を治めさされるべく使命を持たされたのであります。

・素盞嗚男之大神様は大海原、即ちこの大地のご主宰神となっている。これは天照大神様との御神約によりそう定められている。神典では素神が悪い事をされた様に書かれているが、実はその様な噂を流されて、八百万神から反感を持たれ、国を追われ世界中を旅されることになった。

・本当の事は八百万神の知らない間に、世界中の民族の良い点、悪い点を全部調べ上げて来られた。又希望する処のもの迄調査され、その後新たに月の宮へと帰られた。そして、新たに天よりの使命を持たれて、素盞嗚男之命と成られて、この大海原(地球上)を治められて居られるのです。

神様 14

・正神界に属さない神とは、外国に生まれた、土に魂を入れて作られた神のことを云う。

・この世に栄枯盛衰がある様に、神の世界にも栄枯盛衰があって、この世に現れて居ます神とは教団を開いたり、政権を持ってりする神のこと。世に座さぬ神とは、戦いに負けたり国譲りをされたりして、幽界に隠れ居ます神のことを云う。これは厳瑞にこだわらず出て居られる神もあれば、出て居まさぬ神もある。

・神と云っても色々の神々がおられる。我々が祈るべき神は唯一、一柱の神、伊都能売之大神様しかない。この神様は完全円満、理想実現の神様である。この神様を信仰する者は、この神様に習って円満なる人格となって行かねばならんです。

・霊の元の国の御神権は事代主之命様が持たれている。世界的なものとなると瑞霊神が持たれている。

・「愛の善」とは、母方の神のこと。

・「真の善」とは、父方の神のこと。

・「名月」とは、瑞霊神のこと。「名月の時には全国の人々が瑞霊神を拝んでいることになる。

・事代主之命様は金冠を被られている。

・事代主之命様は主神の神業代行者である。

・主之大神の御心の程を内流により瑞霊神がご忖度されて教えを立てられ、ご経綸されている。このご経綸を事代主之命様が顕幽に渡って代行されておられます。

 

神様 13

・人間は、知らず知らずの内に神様に対して失礼なことをしていることがある。神様に不快感をお与えしてしまうことがたくさんあります。しかし、神様の方で見直して下さっているのであるから、無難にのんびりと生活することが出来るのです。

・神様には色々の御使命があり、その御名によっても違っている。

天照大神様でも日霊の神と天照皇大神とでは、その内容が全然違うし、素盞嗚尊男命でも建素盞嗚男之命と内容が違う。また、神素盞嗚男之命となると全然違う。大体神様の御名の上に皇が付くと、天下を取ったことのある、神様に付けられる御神名である。

・日本の神様は全て明け透けであり、表裏が無い。

・神々様も大体は陰陽二系の霊系に分けられている。

・厳の霊系の神は、荒魂と和魂の働きが中心となっている。

・瑞の霊系の神は、奇魂と幸魂の働きが中心となっている。

・人間の魂にも霊系があって、霊性の復帰するまでは、男性か女性かの性別を持っているが、本霊に帰ると陰陽二系のどちらかの霊系に入られる様になっている。

神様 12

・今与えられてる自分の立場が、いかに有り難い事であるかを考えて、唯、有り難い事であると思っているだけでも神様は、善くしてくだされるものである。自分が善い事をさせてもらえるのも神様のお陰である。

・話の中に己を捨てて相手の為にと思って話をしていると、神様はその心を見られて、その場に必要な知恵とか愛情を必要に応じ、内流によって流して下さる。

 

・生活が次第に安定してくる程に「真実の力」が薄れて来る。

・真実の神様は、最後の神様であるから、この神様に見捨てられる様であるならば、終わりである。(救われない)・事代主之命様は、物質面でのお加護をされているから、いくら財を蓄えたとしても神様に反抗すれば一文無しにされてしまうことがある。

大国主之命様は、元人間であられた方であるが、ご修行の上、神様に向上されたお方である。現世に居られた時は好き勝手な事もされた事もあるが、その御心の程が大変きれいな御方であった為に瑞霊神と成られた神様である。肉体が例えややこしくても心の清らかな人は立派になられる。しかし現代人は心はむさくるしく恥ずかしい事ばかり考えて、外面的には、エエかっこばかり云うものが多い。

・「理外に理あり」とは「神の奇蹟あり」と云うものである。

・「神を表に出す」とは、誠を持って神の教えを実践すること。

・守護神は、自分の守護するものが一生の内にものになってくれないと、守護神として教育を怠っていたという事を天の神様より責任を問われるから守護神も大変である。

・この道は、地下水の様になって、人の心を潤う御用に仕えていくのです。だから清らかなものでないといけない。

神様 11

・神は実在し、我々を守って下さっている。と云う事をハッキリと信じ認識していないといけない。そして神様のお立場なら、我々にこう云う事をしてほしいとお考えだろうと、それぞれが感じ先々にそれを実行できる人になってほしい。

・素盞嗚男之命様による「千座の置戸」の償いをされ爪をとられると云うのは、人の求める一切の者に対する獲得欲を奪われると云うことである。黄泉の国に帰られると云うことは、慈愛の国にへと帰られたと云うことである。

・勇気を誇られる素盞嗚男之命様でさえ、人間がナカナカ云うことを聞かんので、業をにごされて再び深い愛を求められる慈愛の国へと戻られたのである。

・素盞嗚男之命様は、この世を守られるべく神界より神定められているのですが、もう一つ苦労が足らんので、修業をさせられて居られたのです。

・「世界は一つ」と云うのが神のお考えです。又人類の方から見ても、神(造物主)は一柱であり「万教は同根である」と云うのが神のお考えです。だから神の教えは日本だけでと云う考えでは了見が狭い。

・高い処から自分の地位や立場を笠に着て、下位の立場の人達を押さえ込むことはいけない。この様なことをしていると、組織の内から革命、改革が起こってくる。同じ道を求めると云うに就いては、立場や地位等はいらんのである。全て皆、四海平等なのである。

・心が清まって来ると、自然と相手の心が見えて来る様になる。そして全ての事が有り難く思えてくるし、どんなお方を見ても偉い方に見えてくる。

・法の大海に入ってこそ、初めて信仰は理屈ではないと云うことがわかる。

神様 10

・事代主之命様は何度もこの世に出てきておられる。ある時代には大国主之命様の御子としてで来られた事もあるし、又ある時代には恵美須神として出られた時もある。

・西宮の恵美須さんは、蛭子の神と申されて、その前身は天照大神様や素盞嗚男之命様より古い神様である。歴史の年数で云うと約千五百年万年前。現代の歴史家の頭脳を持ったとしても計りしれない。

・紀元前に居られてあ神々の事は、見当が取れぬものがあり、表現もしにくいので、唯信じておくより仕方ない。

・真実の神様の話は、あまりコテコテした様な話をするのではなく、アッサリと話すのがよい。

・御聖霊の神様とは、瑞霊神のことである。

・善いと思うことは全て神様にお願いして、実行して行きたい。

・神祭りをささなくとも、信仰の大切な事、日本精神の作興の大切なことを悟ればよいと思っている。

・現世に居る時に悟ることの出来た霊的知識は、霊界に於いてはその人の霊徳として光を放っている。又、現世に居る時に人々を善くする為に色々苦労して尽くしてきたことは愛の徳として現れていて、悟りと愛の徳は一つのものになって、霊的人格を表している。

神様 9

・神様の持たれる「許容の真理」でもって人の心に自由性を与えられ、心の面向くままにまかされておられる。自由の中に善悪を選び、自発的な改心向上を悟される様になっている。他から強要されたものは、例え善いものであったとしても、真にその人の為にならない。

・信仰を求める事によって、人は神心になったり、人心になったりして、それを繰り返しつつ神心を強め深めさせて頂く為の教えとなっている。

・神の教えに強い者は、人の道に弱い。

・人の道に強い者は、神の道に弱い。

・出雲の神は母親役であり、伊勢の神は父親役である。

・母親を大切にしていない家は栄えない。国も同じである。

・出雲と伊勢の神々の御協力によって力強い心の働きの出来る国民性を作り上げる事が目的である。

・伊勢の神と出雲の神様との両徳を持たれる神様を伊都能売之大神(イズノメノオオカミ)と申し上げるのです。