神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

大谷司完師説話集 51

・古い道義感は邪魔になる。

・その人の自由に任せ、こせこせ言わないで、神様にお任せして置くのである。

・本来日本人には、宗教団体で言う教えは必要ない。

・信仰も片寄り過ぎて、あまり窮屈すぎると窮屈負けに負けてしまうのである。

・信仰は執らわれた様な心を開放して、最後は自由自在、善悪なしになるのである。

・人を自分と同じようにしようと思ったらいかん。

・博士はよいのであるが、威張るからいかん。

・人間の言葉に力がなければならぬ。正しい信念を相手に植え付けるには、自分に信念がなければならぬ。

・物の洞察力がないと、迷いの種になる。

・命がけの事をする時、迷っていると出来ない。

・妻は亭主を立てて喜ばすのが賢い、一家仲良くやるには妻が偉くなり過ぎて、亭主の上を越してはいかん。

・亭主の出世の為には、妻は犠牲になるつもりで、影の舞をしていると、何年かすると、良い結果が出て来るのである。

・人間が入聖しようとする前に必ず、以前のちょっとした立て替えてもらった金でも、返される事になるのである。

・神の本当のお陰を頂こうと思えば、どんな細々な事柄も逃がす事なく、けりをつけないといけないのである。

・必ず良い方を渡して喜ばす様に心掛けていないとならぬ。自分の喜んでいる間は人が苦労しているのである。

・当たり前の様に思う事が、当たり前にならん事が沢山ある。人間は一生の内に細かい事によく気を付け、目にみえん徳を積む様にしなければならぬ。

・信仰のコツは目立たぬ、人のお世話から始まるのである。

・吾々はどこに行こうと修行の種がころがっているのである。細かい人の善意が、世の中に広がると、天国がくるのである。

・今は、悪道の世、善人萎縮の世であるから、神に代わって気の毒な人、弱い人間を救うことこそ、真の信仰である。

・他の教団人に話すには、お互い尊い事をしているのだ、と言う考えに立って話し合うとよい。

・信仰でも、愛情でも安売りしてはいかん。時にはひじ鉄を食らわす様にした方、かえって良いのである。

・いささかの事でも、人の心に疑いを持たす様な事としては、神の道は汚れるのである。

大谷司完師説話集 50

・求道者が聞きもしないのに、神秘的な事を言わない事、ちょっとした体験を人前で発表してはいかん。

・求道者自身の信仰の程度と結果は相応していることを知ること。

・言うなと言われた事は何年間か黙っておくのが良い。それを軽率に発表しているが、そんな人には神様は信用なさらんのである。こういう事を喋っていると、神様のみならず、自分の名も落とすのである。

・自分を売り出したい様なあさましい心がけではいかん。

・五千年前ぐらいの神様であるから、段違いに尊いのである。

・霊界は霊主体従の世界であるから、現世にいる間からその稽古をさせているのである。金も大事だが、心も大事である。

・天のお与え以上に欲張ると、うまく行かぬものである。

・吾々は、隠れて模範をしなければならぬ。

・感謝報恩の念を忘れてはならぬ。特に火と水を大切にしなければならぬ。

・御教えはありのままに受け取っておいたらよい。あまりひねくらぬ様に、素直な解釈が一番よい。

・神界、神様を学問的に考えて比較して論ずる様なことはしないこと。こんな事をやると大間違いをするのである。

・立派なことはなんぼ言っても、すかたんを言っていると、どうにもならん。黙って良い事をしてもらってらよい。

・貴賤貧富を超えて、心を開放して手を取り合って、神様の為働かせて頂かねばならぬ。

・神の栄光は誰一人落ちる事なく戴きたいのである。

・神の道だけは、心で見、心で聞かなければならぬ。

・喜びが湧き出る様な心がけが出来ないと、中々内流は頂けない。

・妻は夫の内流を受けられると便利である。それには夫を信じてなければならぬ。信仰していて夫がなくなったら、どうしようかしらんと言う様ではいかん。生前からよく想いが通じ合う様になって置くと、霊界と現世でも、不便を感じないもんである。

・霊界では自分の値打ちを定められ、住み所を定められ、住まねばならぬところである。

・責任の取れない様な神の道は駄目である。

・まことには、誠、真、魔言がある。

・誠を一生懸命やっていると真実になる。

・子供が手に合わんのは、親が手に合わんからである。

・人を救う喜びは忘れられんのである。だから人のお世話が喜んで出来る様になるのである。

・良い気持ちで喜んでいると、不思議に良い事を呼び寄せる事になるので、良い様になるのである。

・人、一人導いておくと、その手前、悪い事は出来ないのである。

・信仰を解らんからとて迷わん様にしなければならぬ。

大谷司完師説話集 49

・将来は学校に重点を置かれるが、今までの教育と全て違うのである。

・将来信仰力の強い人に、世間が目をつける。

・これから信仰を基準として、人を見定められる様になる。そうなると神様を信仰しただけ光栄となる。

・これからは政教分離ではいかんと言う事が解ってくる。しかし、宗教でも足跡のけがれた教団ではいかんと言うことになる。

・人をだましたり、ごまかして選考した時代はこれ迄である。

・御用に使ってもらわなければ、身魂磨きが出来ない。

・因縁果たしをしなければ、御用に使えん人もいる。

・神様は神業に必要ないものは、自分から愛想をつかす様、仕向けなさるのである。

・現在ではものの出来る人は部下を作って、君臨するから、やがて部下に嫌われるのである。

・悪人をあまり攻め立てると、却って善をやる人がいない様になるのである。人間である以上悪の中にも善があり、善の中にも悪があるのである。

・信念力とか力があれば、大抵の世の中は、その人の思う様になってしまうのである。

・信仰は信念を造る為の便法である。

・勇気は人を圧倒するから、人間は勇気をもたなければならぬ。忍耐、決断、勇気である。

・物事を神秘的に言いすぎない様にすること。

・吾々の希望は何事でも智慧と勇気を持ってやりぞこないをせず、成功して立派な行いとし、福徳円満になれば、人からあがめられるのである。

・良い事は取り入れ、黙って体験すること。

・今迄の信仰を打破して、新しい信仰を打ち立てねばならぬ。

・人間の働きを制限してしまうやり方はいかん、頭を押さえるやり方は人間の霊性を発達させない。

・普遍的に教えが行き届いたら本部は解散する。

・善悪をああだ、こうだと理屈で別けるのは、暇な人がしたらよい。

・如何にも本当らしく言うて人を騙すやり方はいかん。出来れば神意に添うたやり方が大切である。

・人間は、通る橋を渡らなかったら、ものにならないのである。

大谷司完師説話集 48

・せまい国の中で争い会うことは国の損である。国会などでも会期を延長すれば、それだけ国民の血税を無駄使いするのである。

・お互いに人を立てたいと思わねばならぬ。

・不足を言ったり、高上がりしたりする様な者は神のお力を頂けない。

・神の道に行いのないのは駄目である。

・歯がゆうて、しようがなくとも言わないのである。唯神の前でじっとお祈りするだけである。

・自分の思う様になる手下ばかりを作っては、神の道はみだれるから、神の道をやる処から追放されるのである。

・筋道の通らん事としていては骨折りながら駄目になるのである。

・先祖の年祭りや命日祭は自分でしなければいかん。

・家の商売がよくなる様にするには、先祖を喜ばさんといかん、そしてよく尽くすのである。これが親孝行の第一義である。

・先祖の御霊舎は修行道場と思えばよい。

・霊の見える状態は夢で七分、さめて三分位のところで見えるのである。

・神様の方では昔から春秋の先祖祭りがあった。

・人の悪い点は見直して上げると、その人自身が本霊の神より目を覚まされるのである。

・これ見よがしのやり方はいけない。無理のない様に神様に使われねばならぬ。

・神様は以心伝心に、ものの解る様にされている。

・人が探し求める者でなければならぬ。

・神様は御自身からお名前を言われた事はないが、放射される光明によって解るのである。

・世間的にすかれる人間(世智にたけた人)は神様からは好かれない。

・これからは人物本位である。徳を隠している人程、重要視される。

・これからは、あまり金を儲けすぎると、人に恨まれる、これからは罪ほろぼし時代が来る。

・金は神様の御配慮であるから、苦しいからと言って浅ましい心を出してはならぬ。女関係も其の通りである。

大谷司完師説話集 47

・段々立派な働きが出来る様になれば、一人に千人ついて来れば、教団を作らなくても、教団よりも良い働きが出来るであるから、吾々はその責任を自覚して、一生懸命、信仰に導かねければならんのである。

・ここでは人間にものを教えると言う事は言わんのである。持って生まれたものを引き出すのである。引き出しの上手な人が良い。霊界では詰込みではなく、引き出し教育である。良い事をする様に種をまいてやって、引き出しする事を考えなければならぬ。

・人間は総て、良い悪いの判断力は皆天より与えられているのである。

・人それぞれの考えていること、やりたいと思っていること、皆違うのであるから、これからの教育方針は段々変わって来る。

・人の下にならん人は、なんぼ尊い事を説いても神の道は解らん。

・人をほめて改心させねがならぬ。人をほめようと思えば、自分が下座せんとほめられんのである。

・神の先達者(大谷司完師の事)は自身徹底下座するが、思い上がった事をしていると、神様が承知されないのである。神様があの者と遠慮させよと言われれば、十年は駄目である。私としてはどんなことでもほめてかかるから、ほめられて高上がりする様では駄目である。

・遠い昔からの神様のお心が通らん様になって、世の中が無茶苦茶になったのであるが、今度の御神書は違うのである。

・誠の心を押し通す人がでなかったら、これからの神の道では駄目である。

・吾々は、ちょっとやそっと物が解っても、思い上がっていると、天の声が恐ろしいのである。

・何か聞いたら天の声として自分を改めなければならぬ。

・同じ神でも誠の神と、普通の神があるが、今度は誠の神が世を救うのである。

・吾れ良しで通ったのは今迄で、これからはそうはいかんのである。

・何党が良い悪い言わない。国全体が良くなる様な政治でもないと駄目である。

・私達の尊崇している神様は、国全体を守って下さる神様である。これからは神様を中心とした教えによって、世の中が治められる様になってくるのである。

・神は人間の心の奥を見て居られるのである。

・人間も早く神心にならなければならぬ。

・神心は今の時節で一番大切である。神心が世を救うのである。

・今迄世に出て居た神は弱肉強食の神である。勝手気ままなやり方で世の中を潰してしまったのである。神が戦争したり、人を征伐することはないのである。どんな場合も相手を力で征伐するのは誠の神ではないのである。

大谷司完師説話集  46

・現世で無理を通して勝手見ても得にはならぬ。心の世界では負けである。

・人の頭を押さえて従わすやり方は、人間の自由を奪うやり方であるから駄目である。後の罪ほろぼしをいくらやっても見た処で駄目である。

・出来れば愛の徳をやれるだけやって置かなければならぬ。

・信仰者でも人に意地の悪い事をやって置いては、何時何処でも仇をうたれるか解らんのである。だから吾が子になって仇討ちをしに生まれてきている者もいるのである。

・人と人との関係をうまく神様の教え通りに行わなければならぬ。

・昔はちょっと位横着しても人間が穏やかであったから十年位はどうもなかったのであるが、今はすぐさま裁かれてしまうのである。

・人の心をいじめる事が一番悪いのである。

・吾々は求められなくとも、善い事が起こる様な種まきをしなくてはならない。

・要は人間の心をさいなむ様な事は絶対してはならない。

・国の神の御心にかなわないものは、皆あかんのである。

・人を救うには、己を犠牲にしなければ中々よい結果はないのである。

・人助けの為に自分を亡くしていかん。自分も困らん様にしなければならぬ。

・人様も良し、自分もまもらねばならない。

・幸せは自分でつくり、お詫びはこっそり神様にするのがよい。

・人頼りをせぬ様に神様を祈りながら物事をすること。苦しい事も皆神様の試みであるから、ここと言う処で辛抱しなくてはならぬ。どういう事があっても弱音をはかぬ様に辛抱しぬくことである。

・夜は昼の間のあやまった考えを訂正する時間であるから、寝る事によって嫌な事は取られてしまう様に、神様がして下さっているのであるから夜寝ないのはいけないのである。

・最初は外に神様があって守って下さる様に人間は思っているから、その様に育てて下さっているだけであるが、段々とその人に本霊があること、その本霊に守られなかったら人生の目的が果たせない事を知らねばならんのであるが、これが中々わからんのである。やはり外の神様が守って下さると思った方が安心出来るように思うのである。大神様は早く本霊を共なる働きの出来る人をお待ちになって坐すのである。

大谷司完師説話集 45

・立派な先祖の神が守る様になれば、ほったらかして置いても産土の神がお守りになるのである。先祖や産土の神をほったらかして置いて、国土の大神様がお守り下さるはずがないのである。神様のお救いもあまり簡単に考えてはいかん。救われる順序があるのである。

・信仰は一生懸命して、遠方からでも内流がえけられなければ、仕事が出来ない。

・人間の心にふっと思った良い事は、内流と思ってよい。

・信仰は人生に欠くべからざるものである。

・仏教では白道(びゃくどう)と言って一本の丸太の橋を渡るのに、橋の向側に仏様が来られて、渡る人が仏様のお姿だけを見て橋を渡ればなんなく渡ることが出来るが、自分の足元をみたらたちまち川に落ちてしまうのである。(足元とは自分の都合ばかり気にすること)

・心の迷いを病霊と言う。霊界では病気はないが、迷いがあり、迷いが肉体に伝わり、現れたのが病気である。

・信仰ではの尊い事は皆他力である。自分では大した事は出来ない。唯ごまかしているだけである。

・神は念の力によって人をお救いになる。吾々は生きている内の念力を勉強しなければならぬ。

・神様は人間の精霊に対して念力によって、良い様にお導き下さるのである。

・偉くなるには人間智慧では限度があるから、良い霊に守られなければ良くならない。だから人の為に良い事を強く思って上げると、その意思は念波となって通じるので、相手が良くなるのである。写真等を通じ又心で相手の姿をえがき良い事を思い合い、祈り合う事が大切である。

・天変、地変、火災等を止める事を、なかなかお許しにならないが、その人の因縁を時と場合によって、体験させられる場合があるものだと言う事を知って置くべきである。

・人間は一生懸命信仰を励んで居れば、怖いものなしとなり、自信に満ちた生活がおくれる様になるのである。

・国土の大神の御命令によって働いている者は大神様の御力徳を信じ勇気を持って御用奉仕すれば、どんな者にも恐れることはない。

・悟りは大きく悟る程よい。