神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

大谷司完師説話集 31

・血液は人間の心をよく反応するから、青くなったり、赤くなったりするのである。

・天国はややこしい処ではない。物事をひねくって考える様な学者は、天国へ行けない。かえって平凡な人の方が天国へ行くのである。

・人間は持って生まれた純情を無くしてはならぬ。純情は真直ぐなものであるが、これを人間知恵で下手にひねくるから駄目になるのである。

・女性には、純情型の人が多いから、思い込んだら命がけで一念こめてやり通す部類の人が多いので、学問はなくても良い信仰を掴むのである。

・学問をすると仏教で言う善知識になれるが、天国へは行けない。だから教えはなるべく解り易い簡単なのがよい。どの御教を唱えたら救われるか、教えの数が多すぎて解らん様なものでは、一般大衆を救うことが出来ない。教えもあまり多く習いすぎると、本当の事が解らなくなるのである。

・正しい神様の教えを良く理解して、ものを教えなければ、皆迷ってしまうのである。

・霊界で神様を教える人を霊国天人と言い、仏教の方では霊国の事を浄土と言う。お坊さんは浄土へ行くし、一般大衆は極楽へ行く。又生前に於いて天国的資格を与えられた人は、天国へ行く。天国天人の霊光は、鮮紅色、霊国天人は白光である。

・無条件降伏を宣言された天皇が、全責任を負われたから日本は助かったのである。この事を忘れたらいかん。

・此の世の立替は、単なる神や仏でない、これはこの世を作り給うた造物主がされて居るのである。

・吾々は、神のお慈悲で生かされているのであるから、早く目をさまして、癖直しをして生きている内に、せめて少し位は、この世に生まれさせてもらった目的を知らねばならぬ。

・法華教は日本の神の教えが書いてある。

・日本の国は鶏頭上の東にあり、蓮華台上であり、高天原であり、甘露台である。

・誠は天に通じ、どんな事でも出来るのである。真実と書いて(まこと)と言うのである。見真実行を目の前に見て、迷って居るようでは駄目である。宗教を造ろうと思えば、此の世を作り給うた方は御一方である、悪を進めない教えをすれば宗教はできる。

大谷司完師説話集 30

・神を冒涜するとゆるされないのである。

・どんな人にも、心から良くなって欲しいとおもわなければならぬ。

・神を知らなければ、自分で自分の人生を全うすることは出来ぬ。

・人生は修行道場であるから中途で人間心で勝手するから、それだけ割引されるのである。

・神様事をしていても、以前の事が邪魔してよくならない。

・人間が人間を造ったのではなく、人間は唯入れ物を造るお手伝いをするだけである。

・世智にタケると信仰の事はわからぬ様になる。然し智慧がないと、吾身を守るだけで、ものの通りがわからないので良くならない。

・言葉使いに気を付けないと、ちょっと言々ぞこないをしても首がとぶ時代である。

・イズノメは理想のことであるから、家庭でも、それぞれ夫は如何なりべきか、妻は如何なるべきかよく相談し合って神様の御理想をそれぞれの立場で実現しなければならぬ。例えば物の利用更生は幸魂の働き、又夫を立て子供を育てるのは愛の働きである。

・自分の思う様にならない時は、お裁きを受けているのであるから、考え直さねばならぬ。

・世の中に無駄なものは何もないので泥棒でも考え様によって人間を改心さす。如何なる人でも形を変えて天のいましめがあるから、これを早く悟らなければならぬ。

・打出の小槌は、智慧の働きである。

・恵比須さんは、まっすぐの針で魚釣りをされるから、良く噛み締めていないと釣り上げられん。釣り上げるとは一段上ることである。

・家庭では夫の厳の働き、妻は瑞の働きで、お互いに小伊都能売にならぬと、良い働きは出来ぬ。十字架のタテが長いのは夫を立てる事を意味している。又十字架は救いを意味する。

・個性は本霊のくせである。

・人間としてどれだけの誠の業としているかと言うことによって、その人の将来の価値がきまる。

・宿縁とは前世にやっていた事をもう一遍繰返すことである。例えば酒の徳利は酒を全部出してしまっても、酒の臭いがするのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大谷司完師説話集 29

・人間の思う様にすることが救いではない。

・日本魂とは天より与えられた本霊の働きを言うのである。これからは我々は天より与えられた魂を働かす時である。

・立直しの御用は、神の道がわからんと出来ない。

・家庭の平和はお互いに神心にならなければ来ぬのである。神様は先ず一家を中心とした幸せをうませる様、お計らい下さっていますのである。

・心を磨くとは、ものの本質を見極めてそれになりきることである。

・信仰を個人のものにし、依存信仰はやめねばならぬ。

・天より与えられた御本霊の神のお言葉は、良心の働きになってあらわれるのである。

本田親徳先生は、吾が心を守るものは肉体である、又肉体を守るものは心であり、心を守るものは本霊である。「他神あって守るにあらず」と教えて居られる。

・教導には、言葉の妙用が必要である。

・人を良くしないと自分がよくならないのである。

・村の心の世界の事は、産土の大神がされているのである。

・女は生まれる時、神からお授け下さった鏡は今は無いし、男も短剣が授けてあるが、自らこれをとってしまって無いのである。

・『凡庸の道』は、神様につくしたいと思う者は拝読しなくてはならぬ。

・信仰をして騙される人は、余程弱虫である。これは念力がないからである。依存信仰で気の弱い者は損をする。今は時代相応で一般大衆に喜ばれる神のお言葉を取り次ぐ様にならないと駄目である。

・今の人が宗教を毛嫌いするのは、昔の宗教家が悪いのである。

・昔人殺しを散々やって、少し功績があったからとて神に祀られている人があるが、これは矛盾している。

・お盆に墓に水をかけるのは、霊に「みそぎ」をさせるのである。

・「みそぎ」は、魂を洗うのに一番よい。

・神様を理解し、お慕いする様になってからお祓いした方が良いのである。

・人間の心を、くだらない霊に占領されるとロクな事を考えない。

・氏の神様の御配慮により、先祖の中より付けられる守護神を正守護神と言う。

・良い点をほめて、然して悪い点を教えること。

・家庭に中で良く話し合って夫婦揃って理想を実現しなければならぬ。

・直接内流が受けられる様にならないといかん。

・精霊が訓練されて偉くなり、段々と本霊の交流が多くなり、終わりに合体すると、四魂成就するのである。

大谷司完師説話集 28

 ・日本人として笑われない様な、立派な行いの出来る人間を造ることが目的である。

・霊能力を求める様な教えは裁かれてしまう。霊がかりは国民精神を台なしにする。(本霊中心の信仰でなければならぬ)

・国土大神の御教え又、産土之大神、氏の神を霊的に順序を立てて教えなければならぬ。

・日本精神をないがしろにして外の事を取り入れてもそれは駄目である。これは勝手気ままの信仰で、家庭も国も精神的に皆滅してしまうのである。

・生き花の咲く苦労をするのでなかったら、これからは損である。これは神様の御守護がなかったら出来ないのである。

・神様を知らない改心は、徹底した改心は出来ない。

・めぐりを取ってもらわねばならぬ人間が、思い上がったらいかん。

・神様を思っていても、つくさなければ神様に届かない。これを同和すると言う。

・夫婦でも一つに同和しようと思えば、つくす事を忘れぬ様にしなければならぬ。

・人間同志でも、信仰でもつくす事はやがて一体になることの前提である。

・人間は神様が身代わりして下さることに対して、お尽くしをして御恩返しをしなければならぬ。

・神と人との関係は絶対のものであるが、神の思惑を甘く見て、神を侮辱する様なものは破滅するのである。

・自分の心の働きが自由自在に変化出来る、稽古が大切である。

・弱い信念は駄目で、強い信念の持主になる稽古をしなければ、霊界では役に立たんのである。

・水と火は人間が生きていく上に無くてはならんものである。だから火と水を合わせて火水(かみ)と言う。

・救うとは、自分が自分を救うのである。

・救われようと思えば、天意に添う、神意に叶った生き方をしなければ、本霊は近づかないのである。

・母性愛は神様の御心の現れである。

大谷司完師説話集 27

・人間は神様の御配慮によって生きている様に出来ているから、騒がず慌てず、神様に御使えして誠を込めて、神様の為に何なりと働かせて頂くよう努力していれば、時が来れば思わぬ働き場所を見付けて下さるのである。

・自分の与えられた因縁を自ら努力せず、半減する人があるが、後日残念な想いをしない様、今から一生懸命魂の向上を計り、自己に与えられた尊い因縁を果たさなければならぬ。

・これ見よがしをやって、人前にて功をほこるやり方は時代遅れで、今後の御神業は、そんな甘い考え方では物の役に立たない。

・これからは身魂の因縁のあるものを夫婦にするぞ、と神はいわれるから、夫婦は一体である。だから女房を見れば亭主の腹の中がわかる。

・自分の事よりも、人の事が折れる様になるとよい。

・人の事や自分の事よりも、最後は神様の事を祈り御神業の発展を第一にしなければならぬ。これは私の経験では十六年位かかった。

・信仰している以上は、相手が良くなる様、大難は小難にお祈りしなければならぬ。

・祈りのない信仰は、はぶかれてしまう。

・亭主と妻の理想は一つでなければならぬ。そして夫婦の個性によって独立心を養い、どちらも、もたれ根性は駄目である。

・霊界は心の中の働きの主なる世界であるから、心の働きについては現世の人間とは一格上である。

・信仰とは、自分の本霊を喜ばす事である。

・信仰者にうるさい事をいわない教団でないといけない。

・今迄の信仰は依存、これからは自立信仰である。

・自己の本心を知らなぬ人は、やがて亡びる。(良心を失った人)

・つくろった下座は駄目である。

・人格的に神様を想像して祈ること。

・金銭の相談を信仰者にする様な教主は神意にそむいているのである。

・神に誠をつくして居れば、衣、食、住を案じわずらうなと言われている。

・無(霊界)から有(現世)を生ずと言う。

・日本人として笑われない様な、立派な行いの出来る人間を造ることが目的である。

 

大谷司完師説話集 26

・神様にどうする事が筋道に叶っているか、よく考えて見なければならぬ。

・『凡庸の道』を吾が心にすれば、筋道に叶うのである。

・魂に光は、余程下座に徹しなければ出て来ぬ。

・何事も自発的にしなければ、お陰がない。

・人間の横着や思い上がりは一切許さぬ、なんぼ古かろうと、立場があろうと悪い処は自分で改心して下座に徹しなければならぬ。

・この世に生まれた甲斐がある様にするには、弱虫ではいかん。強い勇気が必要である。

・相手をたてもって勇気と智慧をもって正しい事を人に言って上げること。人を思いやる心がないと天国は来ない。

・女房はどんなに亭主が立てても思い上がってはいかん。女房は女房らしく、亭主は亭主らくし身を以って行わければならぬ。

・一家は物の道順が間違っていると平和が来ぬ。

・教団を潰すのは、そこの幹部と信者であると、神様は言われる。

・善い事は、自ら好んでやらなければならぬ。これだけ勇気が必要である。

・人間の心の世界には狐や狸の霊が憑く位は宵の口でブルドックやトラや獅子が憑いている人がある。

・本当の立派な人は、『天使の声』や『凡庸の道』を一生懸命読んで、誠の力を貰わなければならぬ。

・心の中が、物に負けない強い人間にならないと駄目である。これには正しい強い念力を持たなければならぬ。

・苦労するのは前世の「めぐり」を果たしているからである。

・信仰の中には、人の最も嫌がる事が織り込まれているが、よく忍耐して、自分勝手を言わない様にしなければならぬ。

・人間の考えでは、自分の書いている人生を悟る事が出来ないから、あまり無理を言わない様に素直にならないと「めぐり」を取るのに手間が掛かるものである。

 

 

 

大谷司完師説話集 25

・人生は十年きざみで内面も向上しているので、五十は五十、七十は七十、八十は八十の悟りがある。八十になって五十位の事を振り返って見ると、なってないのである。

・自己を知れとは、自分を守る御本霊の神を知ることである。

・昔から有名の人は、物で後世に残したいと願い、建物や仏像を残したが、今では観光の対象としてかなってない。

・物事をお尋ねする人は、自分でも大方答えを出してから「私はこの様に考えて居るのですが、これでよろしいでしょうか」と聞くと、それでよろしいとか、又こう言う風にしなさいとか、お答えが出来るのである。

・信仰はすべて依存では駄目で自主的にやらねばならぬ。人に依存していては自分を立派にすることは出来ぬ。

・人だよりをせず、我が心にものを聞くこと。

・政治や政党を偉そうに批判していると、自分の足が上がってしまうのである。

・僧侶や尼さんにものを言う時は、必ず相手を立てて尊敬して、尋ねられもしないことを言わなくてもよい。

・食物も食い過ぎると害がある様に、教えもあまり数多く教えると、害があるのであるから、もう少し聞きたいな、と言う処で止めて置いた方が効果が揚がるのである。

・本霊と言うと判りにくいから、滞在意識という、自分の念願を滞在意識にたえずたくわえていると、時が来るとかなえられる。これは本霊が働き出すからである。

・現世でも霊界でも思っていることは同じである。この原理をしっかり覚えて居ないと当て違いが起こるのである。

・どんな頼りない亭主でも皿にして尻の下に敷いたらいかん。割れてしまっては元へもどらんのである。

・神様を第一にし、自分を滅却しなければいけない。

・人の知らぬ間に善い事をしなければならぬ。